「緩和ケア」や「ホスピス」と聞くと、多くの方はがんの終末期を思い浮かべるかもしれません。しかし、がんと同様に、あるいはそれ以上に、緩和ケアを必要としている疾患があります。それが「心不全」です。息苦しさやだるさと闘いながらも、専門的な緩和ケアを受けられる場所が少ない―。今回は、そんな心不全患者さんの苦しみに寄り添う、在宅医療の可能性についてお話しします。
心不全患者が直面する「ホスピスの壁」
心不全は、がんのように病状が右肩下がりに悪化するとは限りません。入退院を繰り返しながら、少しずつ、しかし確実に機能が低下していくという、予測の難しい経過をたどることが多いのが特徴です。この病状の不確かさが、多くのホスピスで受け入れの基準を満たしにくいという「壁」を生み出しています。
2018年にようやく末期心不全が緩和ケア診療加算の対象疾患に加えられました。しかし、緩和ケアチームの活動報告によると、緩和ケアチームは介入依頼の95%が悪性腫瘍で、循環器疾患は3%程度だと報告されています。また2025年現在、心不全は緩和ケア病棟入院料の算定要件ではありません。
結果として、多くの心不全の患者さんは、終末期においても十分な緩和ケアを受けられず、苦しい症状を抱えたまま救急搬送と入退院を繰り返すという現実に直面しているのです。
在宅医療だからこそできる、心不全緩和ケア
私たちは、この行き場のない苦しみを抱える患者さんにとって、在宅医療が大きな希望になると信じています。住み慣れた「自宅」という暮らしの場で、その人らしく穏やかに過ごすためのお手伝いをする。それが私たちの目指す心不全緩和ケアです。
例えば、上手に制度を活用すれば、以下のような、これまで入院が必須だと思われていたようなケースでも、ご自宅での生活を支えることが可能です。
- 24時間持続で強心薬点滴が必要な方
- 医療用麻薬を使用している方
- 足がむくみ、体重がすぐに増えてしまう方
- 認知症のため、入院生活が困難な方
薬の飲み忘れが原因だったり、塩分がたくさん入っていると知らずに外食を繰り返していたり、体重が増えてはいけないと思って食事量を減らしていたり…
外来診療だけでは気づけなかったことにも、在宅医療なら気づくことができます。こうした、専門的な医学管理もご自宅で行いながら、息苦しさなどの症状を和らげ、患者さんが大切にしている日常を守ります。
「家で看る」ことの本当の意味
もちろん、ご自宅で最期まで過ごすことは、決して美談だけではすまされません。弱っていく家族を目の当たりにし、つきっきりで介護することは、ご家族にとって身体的にも精神的にも大きな負担となります。
しかし、私たち専門チームが「共にいる」ことで、その負担を分かち合い、支えることができます。そして、患者さん本人が人生を生ききったという表情を見せたとき、ご家族の中に残るものは、つらさだけではないはずです。そこには、かけがえのない時間を共に過ごした満足感や達成感が確かに存在します。
心不全という疾患の特性上、まだまだ緩和ケアの光が届いていない現状があります。
私たちは、病気にこだわらない、臓器横断的な緩和ケアを志向しつつも、特にこの心不全の緩和ケアには強くコミットし続けたいと考えています。限りある医療資源を適切に使いながら、一人ひとりの「自分らしく生きたい」という願いを、ご自宅で支えていく。それこそが、私たちの果たすべき役割です。
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