おはようございます。こもれび在宅診療所 院長の大森です。
私が取材を受けた日経メディカルの記事が公開されていますので、ぜひご覧になってください。
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https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/202510/590494.html
私と日本緩和医療学会
緩和医療学会は、緩和医療の普及・啓発・実践・研究に務める団体です。私はその中で、救急・集中治療緩和ケアWPGの長を拝命し、これまで5年間務めて参りました。
救急の緩和ケア?と聞いてもピンとこない方もきっと多いと思います。昔は「緩和ケアはがん末期だけのもの」と認識されていた頃もありますが、今は決してそうではありません。
緩和ケアは、「病期・病気を問わず、身体・精神・社会などさまざまな苦痛を緩和し、QOLを高める取り組み」です。
心不全の方も、救急外来に方も、腎不全の方も、肺がん以外の呼吸器疾患、例えば間質性肺炎の方も、病気によって苦痛があるのなら、それを緩和する治療やケアは緩和ケアです。
また、緩和ケア≠終末期ケア であることも強調したいと思います。
ERにおける緩和ケア
(175円で視聴できます)
私が「救急・集中治療における緩和ケア」という分野に深く関わるようになったきっかけ(?)とも言える、あるドラマのお話をさせてください。
ドラマ『ER』に震えた学生時代
昔、父が海外ドラマの『ER 緊急救命室』が大好きで、私も医学生の頃によくDVDを観ていました。当時の感想は、「自分が医者になったら、こんな戦場みたいな場所で働くのか……」と、ただただ戦慄したのを覚えています(笑)
実際になってみると、あそこまでハチャメチャな現場ではありませんでした。
さて、このドラマの第1話に、今でも忘れられないシーンがあります。 心肺停止で運ばれてきた患者さんが、蘇生叶わず亡くなってしまう場面です。何も知らずに駆けつけた家族は、「父はどうなったんだ!」と詰め寄ります。
主人公のグリーン先生は、落ち着ける場所へ移動しようと促しますが、家族はパニック状態で聞き入れません。結局、待合室という公衆の面前で、最悪の知らせを伝えることになります。泣き崩れ、怒る家族。グリーン先生は、そんなご家族を優しくなだめ、そっと肩を抱き寄せながら処置室へと連れて行きました。
「緩和ケア」は、亡くなる時だけのものじゃない
このシーンを今振り返ると、私は「これこそが緩和ケアの原点だ」と感じるんです。
「えっ、救急車が走り回る現場で緩和ケア?」と思われるかもしれません。 私が緩和ケアを学んで本当に良かったと思うのは、「目の前で起きている心の混乱を、冷静に理解できるようになったこと」です。
ご家族が取り乱すのは、単に「発狂している」わけではありません。大切な人を突然失う悲しみ、現実を受け入れられない怒り……。心理学でいう「死の受容のステップ」を、必死に歩んでいる最中なのです。

そう理解できると、私たち医療側も「どうすればこの方の心に寄り添えるか」を、プロとして冷静に、かつ温かく考えられるようになります。
救急の現場にこそ、優しさとスキルを
劇中のグリーン先生の対応は、実に見事でした。
- 環境を整える: 少しでも落ち着ける場所へ誘導しようとする。
- 端的に伝える: 悪い知らせこそ、ごまかさずに、しっかり伝える。
- 心に触れる: 適切な距離で、共感を持って体に触れ、向き合う。
これらはすべて、今の緩和ケアで大切にされているコミュニケーションの技術そのものです。

「救急は治療だけをするところ」と決めつけるより、「全力で治療もするし、同時に心も支えるところ」であるほうが、ずっと良いと思いませんか? 緩和ケアは、決して治療を諦めることではありません。苦痛を取り除き、最善を尽くすこと自体が、広い意味での「緩和ケア」なのです。
自分自身も守るために
私は、どんな分野の医療者も、この視点を持つべきだと考えています。それが患者さんのためになるのはもちろん、過酷な現場で働く医療者自身の心を守ることにもつながるからです。患者さんの悲嘆を目にするのは今でも辛いことに変わりはありません。ですが、私は医師として、それを支える立場にあるのです。そのとき、緩和ケアや心理学で学んだコミュニケーションや思考が役に立っています。
そんな想いから、私はこれまで「救急・集中治療における緩和ケアの手引き」を、委員長として仲間たちと作成してきました。
救急の現場でも、そして当院のような身近な診療所でも。 「治すこと」と同じくらい「支えること」を大切に、これからも皆さんの不安に寄り添っていきたいと思っています。ちょっとした心配事でも、どうぞお気軽に相談してくださいね。

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